本物の気功師とは

「気」はだれでも出せます
「気」は生きとし生けるものすべてに備わっています。
「気」が無くなったらそれは「死」です。
「気」は誰でも出せます。
「気」は書道に良く似ています。
字がただ書ける人と有名な書道家の字とでは雲泥の差です。
「気」もただ出ているのと「気」を自由自在に操れるとでは全然違うのです。
気功師は「気」を自由自在に操れなければ話になりません。
なぜ、私は人を飛ばしたりしているのでしょうか?
スプーンを曲げたり、人を飛ばすのは医療気功の「気」ではないと言う人がいます。
私もそう思います。
私は「気」で手を触れずに人を飛ばしたり、スプーンを曲げたり、雲を消したりしますが、その時に出す「気」と気功治療で使っている「気」は全く別のものです。
誤解のないように言っておきますが、人を飛ばすことは特殊な事ではありません。
「気」の練習すれば誰でも出来るようになるのです。
多くのインチキな気功師は自分が出来ない事を棚に上げて人を飛ばすことは邪道だとふれ回ります。
そういう人こそ、インチキで何も出来ないのです。
ではなぜ、私は人を飛ばしたりしているのでしょうか?
「気」は目に見えません。
人は自分が見たり体験した事しか信用しません。
パフォーマンスとして人を飛ばしたりすることは、「気」を認知して頂くために必要不可欠なのです。
私はこれからも人を飛ばします。
悲しい事ですが「気」はまだまだ、世の中に受け入れられてはいないと思います。
私は「気」をもっともっと認知してもらいたい。
「病気」で苦しんでいる人を一人でも救いたい。
その為なら邪道と言われようがこの道を突き進みます。
それが、一番の近道だと思っているから。




気功治療を受けた大仁田厚さんは心地よくて眠ってしまいそうと大絶賛。





